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16、入院4日目(手術当日)

この日も6時には起きていた。徐々に明るくなる空を眺めていた。雲ひとつ無い清々しい青空。なんだかいい気分になります。ひげを剃り、体も拭いて、後はICUに入るための荷物をまとめた。手術の時にはふんどしを締めます。また術中のエコノミークラス症候群防止のためにきつい白のストッキングを履きます。白いストッキングとふんどし。窓に映った自分の姿を見て、何の罰ゲームだ、こりゃと思いました。。。

この後、iPodを持ってトイレにこもった。いつも自分を奮い立たせるときには、Mr. Childrenの「終わりなき旅」を聞くのが自分の中での恒例の儀式だ。さあ手術に臨むぞ!頑張るぞ!でも、曲を聴いていたら突然意識せずに涙が溢れ出てきた。「怖い。。。怖いよーーーー!」って呟いた。自分でもその感情にびっくりした。張り詰めていた緊張感の糸が切れてしまったようだ。でも曲が終わるまでに涙を拭って気持ちを切り替えてトイレを出た。

父親が病室に来て、そして看護士さんが来た。注射を打たれて寝かされる。すると主治医のT先生が執刀医のF先生を連れて入ってきた。やっとF先生に会うことが出来た。先生は「あーっとしてとか、いーってして」とかいう感じで私の痙攣の状況を見ている。いかにも普段からこういう患者さんを診ているんだなというのが伝わって安心感があった。そして私は手術室に運ばれた。午前8時頃のことだった。手術室の照明ってこんななんだと思っていると、腕に針を入れられ、後は覚えていない。自分の意識が遠のく瞬間すら無かった。「医龍」という漫画で全身麻酔で意識を失う理想的な時間は7秒と言っていたが、まさにそんな時間だったと思う。

何かの夢を見ていたようだった。そして気が付くと真っ暗な何もない世界にいた。するといきなり白い世界に引き込まれた。終わりましたよーという声。私の意識があることを確認すると、すぐに検査に運ばれる。CTとかレントゲンとかの検査を行ったようだが、私は意識が朦朧として所々しか覚えていない。そしてそのままICUに連れ込まれた。主治医の先生が手術した側の耳が聞こえるかとか視界は大丈夫かとか、はっきり覚えていないけどいくつかの質問を受けた。とりあえず大丈夫だったようだ。ちょっとすると父親が現れた。「よく頑張ったな」と言っていたが、私としては頑張るのが始まったばかりだった。「今何時?」って聞くと、15時半だった。順調に終わったようだ。でもこのときのだるさといったら経験したことの無いものだった。後頭部は鈍くて強い痛みが。痛みを伝える細胞が皆で「大変だ!」って大騒ぎして大暴れしているような感じ。そして麻酔の影響でだるくて体の自由が利かない。はっきり言えるのはこんな辛い思いは二度としたくない。なんで命に影響のない病気でこんな辛いことをしているんだろうと後悔すらした。父親曰く、このときの私の顔は真っ白だったそうだ。父親は少しの間、私の無事を見届けて、また2時間後に来るからなと言って一度いなくなる。私は看護士さんたちに床ずれしないように体を動かしてもらった。「お尻が床擦れで赤くなっているから少し横向きましょうね」と言われながら体を動かしてもらっているときに、なぜだか私は「それじゃサルになっちゃいますね」と朦朧としながら冗談を言った。看護士さんも朦朧としている患者がわけ分からないことを言ったので、発言に対して「?」という反応だった。酸素マスクで口が渇くので、時々うがいをさせてもらったり、吐いたたんを取ってもらったりした。その辛い状態は地獄のように続いた。いつまでこの状態が続くのだろう。F先生が突然現れて私の状態を確認しに来た。痙攣は見事に治まっていたのだが、「明日以降またきっと再発すると思うけど、少したてば治まるから」と説明をしてくれた。

ちょっとして父親がまた戻ってきた。さっきよりは顔色が良くなったと言っていた。でも正直話すのも辛い。心配そうに横で見ているのも話しかけられるのも疲れるので帰ってもらった。これが17時半ごろだ。18時ごろになると少し楽になってきたような気がした。麻酔が抜けてきたようだ。でも相変わらず頭は割れるように痛い。頭に穴を開けたのだから、実際に割れたようなもんだけどね。手足を少しずつ動かせるようになってきた。でも起き上がるのがさすがに無理。18時半ごろに母親がやってきた。この時には、喋るのもさっきよりは楽になっていたので、今度は俺のほうから色々喋ったのだが、母親が帰った後に疲れがどっとこみ上げてきた。これは相当体力が落ちているんだなと実感。喋るだけで疲れるなんて初めての経験だ。多少元気が出てきたところで、尿道に刺さった管が気になるようになる。変な残尿管をずっと抱えた感覚と、尿道にある違和感。一刻も早く外したかったが、トイレにいけないのに外すわけにも行かない。

右の脇腹に大きな鼓動を感じた。何か脇腹に心臓があるような感じ。何本も点滴を打たれているので、肝臓が悲鳴をあげているのかもしれない。そんなに飲まないのにどうも私は肝臓関連の数値が高めだ。だから薬漬けになって肝臓が悲鳴をあげているのだと思った。俺の体持たないかもしれない。そんな心配をしていた。そうしたらなんてことはない。ただ水ぶくれが出来ていただけだった。そういえばICUに運ばれたときに水ぶくれがあるからって何か脇腹に張っていた。手術中はずっとずっと同じ姿勢で横を向いていたから、体重をずっと支え続けていた場所に水ぶくれが出来ていただけのことだった。

20時ごろに主治医の先生が現れた。私が普通に喋れるくらいに回復していたので、予定していた一般食は次の日の夜からではなく、昼からにしようとなった。でかい酸素マスクは鼻だけの小さいものと変わり、水を飲むことが許可された。そして「ご飯は食べられそうですか?おかゆにしますか?」と聞かれたので、「がっつり食べたいです」というと、結局次の食事は朝からになりました。

消灯前に歯磨きをするのだが、よだれかけをつけてもらい、歯ブラシに歯磨きをつけてもらい、俺が鈍い動きで歯を磨く。そして水差しで水を入れてもらい、うがいをして受け口に吐き出す。でもうまくいかなくてこぼしてしまう。なんだかぼけ老人にでもなった気分で情けなかった。

夜はとっても長かった。いつになったらこの痛みとけだるさから解放されるのだろう。痛くて眠れやしない。かといって眠くもならなかった。睡眠薬をもらっておけばよかったのかな。でもそれでも寝れなかったことだろう。結局この夜は合わせて1時間以下しか寝られなかった。朝までとてつもなく長かった。こんなに長い夜は初めてだったかもしれない。

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