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2005年5月29日 (日)

NY 最後に友人宅へ

帰国の日、空港に向かう途中で友人宅にちょっとだけ立ち寄らせてもらいました。
彼は前に勤めていた会社の同僚だ。
俺と同い年でもう子供が二人いる。
そして彼の奥さんは、実は私の学生時代の友人のいとこである。
この奥さんのお父さんとは友人の結婚式で挨拶をさせていただいた。
本当に不思議なところでつながったものである。

さっそく、私の友人の赤ちゃんの写真と結婚式の写真を見せてあげた。
すると、彼の子供の頃の話を聞かせてくれた。
3人兄弟の真ん中で、一番優しかったそうだ。
いつも友人の奥さんの妹さんの手を引いてあげていたそうである。
友人は今では剛毛なのだが、子供の頃は柔らかい髪の毛のマッシュルームカットで女の子みたいな子だったそうである。
これはぜひ大学時代の仲間達に聞かせたいと思ったので、さっそくここで書いてみました。

男の子二人は元気で、大変だなあって思いました。
でも幸せそうな家庭でちょっと羨ましかったです。
アメリカっぽく長男の子の誕生日パーティーの準備中にお邪魔をしてしまい、申し訳なかったのだが、幸せな家庭が見れてとっても良かったです。

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ヤンキース対レッドソックスを見てきました

NY在住の友人がチケットを取っておいてくれたので、NYヤンキースを見に行ってきました。
相手は、去年のチャンピオン、ボストンレッドソックス。
球場もまた警戒が厳しく、カバンを持ち込むことは出来ないとの事だった。
近くの飲み屋でカバンを預かる商売をしているので、そこにリュックを預けて球場入りした。
さすがに週末三連休で、去年雪辱を味わされた相手との三連戦だけに、チケットを取るのも大変だったらしい。
日本人観光客も少ない。
友人は選手の解説を色々としてくれた。
最初は先制点を取られたが、その後に逆転をするという展開。
球場が盛り上がりまくっていた。
残念ながら松井のヒットを見ることは出来なかったが。
先発投手はランディジョンソンだった。
私は11年前にシアトルのキングドームスタジアムで彼が投げた試合を見たことがある。
まさかこうやってまたランディを見ることになるとは思わなかった。
球場に来るとここはアメリカなんだなあと強く思わされる。
やっぱり観客の雰囲気が違う。
みんな熱いし、野次はすごいし、興奮の仕方が半端じゃない。
私はサッカーの国際試合を見に行くと、よく熱いブーイングを浴びせる。
私のブーイングや野次は実はメジャーリーグの球場で教わったようなものだ。

あまりに熱くなった球場は退場者が続出した。
それもグラウンドでなく、客席でである。
私の周辺の席で少なくとも5人は警官に連れて行かれた。
何か物を投げたり、粗相をしでかすと回りの観客はその人に対してブーイングを浴びせ掛ける。
粗相をしでかした観客に対して回りの人間は容赦ない。
といっても乱闘が始まるわけでなく、みんなが警官に突き出すといった感じだ。
そして警官はその退場者を守るように客席から連れ出すのだ。

今も昔も球場は変わらなかった。
一つだけ変わったことがあるとすれば、7回裏が始まる前の"Take Me To The Stadium"が流れる前に"God Bless America"が流れることだ。
次にまた見に行くときにも、あの気性の荒い下町気質のYankeesファンには変わってもらいたくない。
スポーツが熱いのは平和の証だ。

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"Beauty and the Beast" in NY

NY初日の夜、俺はブロードウェーのミュージカルを見に行ってきました。
今回はNYは一晩で、そのうちの一晩は野球観戦なので、今回のミュージカルは一つだけ。
何を見ようかと思いましたが、やはり私の一番のお気に入りの「Beauty and the Beast」を観に行ってきました。
この作品を見るのはNYでは3回目、劇団四季のも2回見たが、やはりブロードウェーのほうが迫力があるし面白い。
新しいのを見たいなという気持ちもあったが、今回は一本だけなので、次に来た時には違うのを見よう。

初めてこの作品を見たのは11年前、まだブロードウェーでも始まったばかりで話題になっていた。
その時のベルは、大地真央によく似た綺麗で存在感のある本当に素敵なベルだった。
4年前に見たときには、全然違う人になっていて非常に残念だったが、今回のベルは歌が上手くていい存在感を出していた。
そしてその相手のBeastは、今までに見たときには苦悩に苦しむ姿が良かったのだが、今回のBeastはなんだかおちゃらけていて、作品を軽いものにしてしまっていてとっても残念だった。
Beastは笑いを取っちゃいけない。
苦しんでいるけど、どうしたらいいのか分からなくて、だから共感を得られるのだ。
ガストンは前回はとっても面白くて一番最後に拍手を貰っていたが、今回のガストンは逆に普通で残念。
今回のルミエールは、いい感じでお調子者でとっても良かった。
やっぱりキャストが変わると出来が変わってしまうんだよなあ。
それだけに一番最初に見たときのが一番最高だったと思う。

もっといろいろ見たかったなあ。
でも、レミセラブルがもう終わってやっていなかったのが残念です。
レミゼをやっていた劇場で、Beauty and the Beastをやっていて、昔CATSをやっていた劇場ではマンマミーアをやっていた。
時間を感じるなあ。
また次に行くときにはのんびりと行きたいな。

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YOSHINOYA

yoshinoya

私はNYの観光ガイド片手に向かった場所は吉野家である。
もう”よしぎゅう”が食べたくてしょうがない。
私は基本的には海外で日本食を食べるのはもったいないのでそれは嫌なのだが、状況が状況だけに牛丼は別物である。
42thまで歩いていき、見つけた吉野屋に入った。
メニューが日本のものとは全然違う。
面白そうなメニューもたくさんある。
Shurimp Bowlなんか、日本で出しても面白いんじゃないのかなあと思う。
私はBeef BowlのLargeを頼んだ。
出てきてびっくり、意外と大きい。
日本でいう特盛りかそれ以上あるのではないかと思わされる。
以前、シンガポールの吉野家では微妙にがっかりさせられたことがあっただけに、今回のNYの吉野家には期待するものが大きかった。
感想はというと、確かに吉野家の牛丼である。
確かにアメリカ牛を使った牛丼だ。
でもやっぱり何かが違うんだなあ。
違いはまず、肉の比率が高い。
でもまだ、何かが違う。
御飯が何か違うのかなあと思い、よく見てみたがきちんとしたジャポニカ米(多分カリフォルニア米)だ。
御飯が崩れて、箸では食べづらい。
御飯のせいなのか、御飯に汁が染みているからなのか、なんだかよく分からないがスプーンで食べるのが正解のような気がする。
肉は確かに牛丼なのだが、んー。
ということで、今回の海外牛丼も何か違う結果となってしまいました。
はたして安全な牛丼を日本で食べられるのはいつの日やら。。。

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NY到着、そしてあの場所へ

トラブルがありNYへの到着は遅れたが、ラガーディア空港からShuttle Bus(乗合バス)に乗ってホテルまでたどり着いた。
このShuttleは24ドルだったかな。
タクシーに乗るよりは安いので、プライベートで海外の空港に来たときには必ず利用するようにしている。
最初InformationカウンターでShuttleの手配をして、手配書を貰うのだが、私の止まったホテルと似たようなホテルがあり、そちらの住所が記載されていた。
あとでこれ違うよというと、紛らわしい言い方をするなみたいに言われた。
俺は観光者としてきているんだからお前が気をつけろよと言いたかったが、きちんとフォローをしてくれていたので何も言わないでおいた。

そんなこんなで、ホテルに着いてチェックインを済ませる。
2泊(素泊まり)で5万円。
NYCでは比較的安い部類のホテルだ。
どうもこの時期はメモリアルデイという祭日だったらしく、混雑時期で高かったようだが。

まずは、紀伊国屋に向かった。
うっかり観光ガイドを買ってくるのを忘れていたからだ。
日本で買うよりも2倍の値段だったが、まあしょうがない。
ポケットに入る小さいものを買った。
そしてまずは食事を済ませた。
街はNavyの軍人で溢れていた。
食事を済ませたあとに、グランドゼロに向かった。
地下鉄の中にいたNavyの集団は非常に態度が悪かった。
よく見るとまだみんな若いんだよね。
それこそ高校生の集団とあまり変わりなかった。

Rectorという駅で降りて、歩いて2分ほどで目的地に辿り着いた。
非常に大きな土地の工事現場といった感じだった。
こんなに広い場所にあったビルが崩れたのかと思うと、さすがに事の重大さを感じた。
周辺にはこの日何が起こったのか、時系列での解説が書かれていた。
あの夜、ニュースステーションで見たあの映像が思い出された。
さすがにさっきのNavyの集団も神妙な顔をして、その解説を読んでいた。
テロリストと戦うのはまさに彼らなのだ。

一見、ただのビルの工事現場なのだが、あの日ここで多くの人が亡くなったことを思いながら、私は無意識に手を合わせていた。
皆様の御冥福をお祈りします。
そして世界が平和であることを願います。

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2005年5月27日 (金)

ありえねえ!

今日はボストン空港から10時に離陸をしてNYに向かう予定でしたが、ちょっとしたトラブルがありました。
50人乗れるかどうか分からない小さな飛行機に乗って、こんな飛行機飛ぶのかなあって不安でした。
そして予定通りに離陸の時間、滑走路で離陸の順番待ちをしていました。
着陸する飛行機と滑走路が交差するので、入れ替わり立ち代りといった感じです。
そとを見ていると、着陸しようとした飛行機が滑走路にまで降りはしたのですが、多分スピードが落ちなくてまた飛んでいきました。
着陸の失敗って初めて見るなあと思っていました。
そして今度は俺たちの飛行機が離陸です。
エンジンが轟音を立て、滑走路を走り始めました。
さあて、そろそろ浮くぞと思っていた矢先に失速を始めました。
そして飛行機は飛ぶことなく、ゲートに戻っていきました。
何かトラブルがあって、このままでは飛べないから戻りますとのアナウンスが。。。
おいおい!無理やり飛んでいたらどうなっていたんだよ!
きちんと危機管理をしている表れだと思うので、それはそれでいいのですが。
そして結局別の飛行機が用意され、離陸したのは2時間遅れ。
無駄に待たされました。
こんなことってあるんですね。

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2005年5月25日 (水)

どこに行っても

俺は今はアメリカにいる。
しかもものすごい田舎にいる。
アメリカの場合には、IT企業は田舎にあるんだなあと実感しました。
シリコンバレーだって都会じゃないしなあって、行ったこと無いけど。。。

日頃メールでしかやり取りをしない人と実際に会えてなかなか面白いことになっている。
うちの会社の色々な国からも人が来ていて、香港、シンガポール、韓国、アイルランド、イギリス、ドイツ、南アフリカ、フィンランド、インド、などなど。
私は韓国のLさんと行動を供にすることが多いが、お互いにそんなに英語が流暢ではないので、マイペースに会話が出来るので助かる。
このLさんとインドのSさんと三人で話をしていて、Sさんが津波でインドで被害者がたくさん出たというと、Lさんが最近新婚旅行でモルジブに行ったけれども、津波の被害はだいぶ回復したようだと話をしていて、横で聞いている俺は笑いそうになった。
やっぱりこの”TSUNAMI”っていう言葉は世界共通語なんだなあって聞いていて不思議な気分になりました。

このLさんは実は新婚ホヤホヤである。
去年シンガポールで会ったときには奥さんを連れてきていた。
そんな話をしたら、シンガポールのFさんが、「いやあの時は奥さんじゃなくて彼女だからね」なんてことを言っていた。
あれ?でも子供が生まれたって言ってたような気が、ってことは婚約中に子供作っちゃったんだなあ。
Lさんに、「君は結婚していないのか?彼女はいないのか?と聞かれた。
まさか英語でまでこんなことを聞かれるとは思わなかった。
俺はこう答えた。
「彼女は欲しい、出来ればチョンジヒョンみたいな子がいいな。」
大笑いされてしまった・・・・・。
俺はどこに行ってもこんなキャラなんでしょうか。

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2005年5月24日 (火)

アメリカまでの道中日記(その2、ボストンまで)

シカゴからボストンに行く際の飛行機の出発が遅れてた。
30分余計に待たされて飛行機に乗ったのだが今度は100人も乗れない小さい飛行機で前から2列目に乗った。
なにやら客室乗務員とパイロットがもめている。
何だろうと思っていると技術スタッフみたいな人が入ってきて操縦席に入って何かを調べていた。
すると機長からアナウンスが流れ、何かの調子が悪いからもう少し調査をしてから飛ぶかどうか決めますとのことだった。
俺はボストンに行けるのだろうかと不安になった。
飛行機が飛ばない場合、飛んだけどたどり着かない場合。。。
さらにまた30分待たされ、結局飛行機は飛ぶことになった。
調子の悪いところはあるけど、飛ぶことには問題ないのでということだった。
それはそれで飛行機嫌いの俺はものすごく不安だったが。

そしてボストンに着き、目的地が遠い田舎にあることは分かっていたので、Informationでどうやっていくのが一番いい?と聞いた。
するとちょっと調べさせてくれといわれ、お兄ちゃんは地図とにらめっこを始めた。
そしてここまで高速バスがあるからそこまで行ってそこからTaxiに乗れば安くすむよと言われた。
んー?そんなところで本当にタクシーが拾えるのか?と思い、空港から直接タクシーに乗ったらどれくらいかかる?と聞いたら80ドルくらいとのこと。
まあしょうがない。
変なリスクを侵さないで空港からタクシーに乗った。
ところがだ、目的地に近づくと運ちゃんがホテルの住所を教えろと言い出した。
さっきホテルの名前を言ったらOKって言ったじゃんよ。
俺は予約手配書の住所を見せたが、それでも分かっていないようだ。
色々迷った挙句、ハイウェイに乗りなおしてからまたああでもないこうでもないと迷った。
結局たどり着けたのだが、もういいかげん早く寝たかった。
チェックインをしようとすると、「予約は明日からになっていますよ」と言われた。
最初の予定はそうだったけど、旅行代理店が変更できましたって言ってたのにと思って予約確認表を見せた。
でも全然OKですと言って、チェックインはすんなりと出来た。
とっても眠かったが、腹も減っていたので、何か食べようと思い、ホテルを出た。
しかし目の前には、道路と駐車場と似たような2階建てのオフィスの建物しかない。
それこそUFOが出るんじゃないかって思うくらいにド田舎だ。
なんでうちの会社は世界中にあるのに本社がこんなに田舎なんだろう。
しょうがないと思ってホテルに戻ったがホテル内のレストランも日曜のために閉まっている。
部屋に戻ってルームサービスのリストを見ると、日曜のこの時間はピザしかない。
こんな時間にピザ食べたら太るなあと思いながら、結局しょうがないのでピザを食べた。

日本では月曜の朝だったので、いくつかメールを返してから10時半ころには寝た。
飛行機で寝れなかったおかげで時差ぼけはなかった。
もうとにかく疲れた。
次に転職するときには、海外出張のない会社に行きたい。
と言っても外国に行くことは嫌いではない。
ただ単に飛行機が嫌いなだけである。

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アメリカまでの道中日記(その1、シカゴで乗り換えるまで)

昨日やっとアメリカにたどり着いたわけだが、Door to Doorで22時間もかかってしまった。
当然飛行機嫌いの私は寝れなかったわけで。。。
でも寝れなかっただけに時差ぼけの調整は結果的にうまく出来たような気がします。
ビジネスクラスは何度か乗ったことがあるが、乗るとすぐにシャンパンを出され、機内食ではワインを出され、中途半端に酔っ払ったため、寝不足も手伝ってずっと頭が痛かった。
前日も荷造りなどで遅くまで起きていたので、ただでさえ寝不足だった。
そういえば今回の飛行機で驚いたのは機内食がとても美味かった。
前の会社では海外出張はいつもビジネスだったが、こんなに美味くなかった。
飯を食っている間だけは、飛行機の恐さを忘れられた。
ほとんど大きな揺れはなかったが、11時間も乗っているのは俺にとっては拷問だった。

まず降り立ったのはシカゴの空港。
といってもまた別の飛行機に乗り換えなければいけない。
入国審査に大行列が出来ていて、結局1時間も待たされる羽目になった。
待っているときに目の前にいたインド人の夫婦が連れていた3歳くらいの女の子の耳にピアスを付けていたので、ちょっとびっくりした。
これもカルチャーショックなのだろうか。
時間はかかったがやっと入国審査を抜けて税関を通ろうとすると、スーツケースを開けろと言われた。
こんなことは初めてだ。
といっても何もやましいことはないし、まだ行きなので開けたらもう閉まらないということもあったので、まだ良かった。
DellのPCが手荷物に入っていたのだが、DellのPCなんてくそだ!パソコンはやっぱりMacだとかわけのわからないことを言われる…。
確かにDellはよく壊れるけどさ。

税関を抜けて乗り換えの飛行機を電光掲示板で探したのだがない。。。
10分ほどしてからターミナルが違うということに気が付き、モノレールで移動。
同じ飛行機会社なんだから、ターミナル別にするなよと思いながらぶつくさと移動をした。

チェックインをするときにカバンを預けたのだが、「このカバンは鍵はされていないか?」と聞かれた。
成田でチェックインするときに、国内便に乗るときには鍵を開けておくように言われたので、税関でカバンを開けた後は鍵を閉めないでおいた。
驚いたのはその後だ。
金属探知機のある入り口で並んでいたところ、前のおっさんが身の回りの金属をかごに入れた後に靴を脱いでかごに入れていた。
「あのおっさんは金属探知機に引っかかるような靴履いているんだ?大変だなあ」と思っていたら、次に並んでいたお姉ちゃんもヒールの靴を脱いでいる。
見ていると実際はみんな靴を脱ぐのだ。
なんだかなあと思いつつ、ビルに突っ込まれるくらいならこの程度のことはとしょうがないと思いながらも俺も靴を脱いだ。
そしてゲートをくぐろうとすると止められて、上着も脱げと言われた。
そして上着もかごに入れて内容をチェックすることに。
やっぱりアメリカは厳しいね、しょうがないけど。
昔は全然ゆるかったしね。

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2005年5月22日 (日)

行ってきます!

今からアメリカに行きます。
一週後に帰ってきます。
出張でボストンに行き、帰りにNYで遊んできます。
パソコンを持っていくので、向こうからもBlogを書き込もうと考えています。

でもちょっと憂鬱です。
英語のこともあるのですが、何よりも飛行機嫌いな俺。
もっといい交通手段はないのでしょうか?
世界で一番事故の少ない交通手段だとは頭では理解はしているのですが。。。。

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